人工内耳で聞こえた「初蝉」

E子へ

墓参に出かける前に、さいか屋の中華料理店「敦欄?」で食事をしたのですが、おいしい、ホテルみたいとか、モダンな場所だとか、東京に来たみたいと言っていました。辻堂に住んでいると母には都会に出ることがモダンだったのかと思いました。

一番館に行く時に生まれて初めて蝉の鳴き声を聞きました。
私は生後すぐ難聴になったので蝉の鳴き声を聞いたことがないのです。長男や次男がまだ子供の頃良く林の中でうるさいとよく言っていましたが聞いたことがないのです。
人工内耳をした昨年の夏は補聴器をメインにしていたので聞こえませんでした。

駅から歩いてくると一番館の手前に欅が何本か植わっていますがそこへさしかかるとチ、チ、チー、ヂ、ヂ。と聞こえます。鳥の鳴き声かと思っていたのですが、鳥は見えないし、何か分からなかったのです。
母を連れてまたそこにさしかかった時に「今何か聞こえる?」と聞くと「あれは蝉よ。蝉が鳴いている。ミーンミーンって。」と言います。

私はそれでさっきの音が蝉の鳴き声ということが分かりました。ミーンミーンとは聞こえず、チ、チ、チー、チ、チと聞こえているのですが生まれて初めて聞きました。
一緒にいた連れに説明すると聞こえると言います。

あれが蝉の鳴き声と教えてくれたのが他ならぬ母だったことに何か運命的なことを感じました。聞こえない子供を産んでしまったことをいつも負い目に感じていた母とずっと聞こえないことにコンプレックスを持っていた息子である自分との関係に一区切り付いたのではと感じています。母が心の深層にあった負い目を解放してあげられたら良いと思います。


ラビット 記